山万味噌の歴史

信州山万味噌の看板の写真

長野県岡谷市で創業80余年

信州・岡谷の地は、かつて製糸業で世界に名を馳せ、多くの工場が立ち並ぶ活気ある町でした。山万もそのひとつ、〈山万小松組〉として製糸工場を営み、数多くの工女たちを支えていました。当時、工女たちの食事には欠かせない味噌汁をまかなうため、自家製の味噌づくりが盛んに行われており、そのおいしさが評判を呼び、工場の人気や働き手の集まりにも影響を与えたと伝えられています。
やがて時代の流れとともに製糸業が衰退し、多くの工場が転業を余儀なくされる中、初代・小松五郎は「人の身体の礎となる“身礎(みそ)”をつくろう」と決意。こうして〈山万加島屋商店〉が誕生しました。屋号の「加島屋」は、地元の占い師の助言を受けて名づけられたものです。
創業から八十余年、製糸業時代から数えれば百三十年以上。今も当時の木桶を大切に使い続け、伝統の味と心を守りながら、信州の風土に根ざした味噌づくりを続けています。

味噌づくりをする古い写真

山万味噌の歩みと継承

昭和五十一年、諏訪の地に生まれた三代目当主は、幼少の頃から家業である味噌づくりに親しみながら成長いたしました。時代の流れのなかで、一時は味噌屋を閉じるという選択肢が現実味を帯びたこともございました。しかしその折、多くの方々から「山万のお味噌は本当においしいから、やめないでほしい」と温かいお言葉を頂戴し、その声が家業を守る強い決意につながりました。先代が築き上げてきた味と信頼を絶やすまいと、三代目は伝統を受け継ぐ道を選んだのです。

出発点は決して容易なものではございませんでした。味噌づくりの知識も経営の経験もほとんどないなかでの船出であり、まさにゼロからの再出発でございました。しかし、創業以来蔵を支えてきた蔵人の存在が大きな支えとなり、味噌の味を守り続けることができました。さらに地域の皆さまからの励ましや助言に導かれながら、三代目は少しずつ経営者としての歩みを重ねてまいりました。

味噌づくりをする三代目の写真

三代目が繋ぐ伝統と、新たな挑戦

十年の歳月を経て、三代目は「自分らしい味噌」を追求する段階へと歩を進めております。そこには、先代から受け継いだ伝統の味を守りながらも、新しい時代にふさわしい工夫や挑戦を重ねていく姿勢がございます。感謝の気持ちを込め、誠実に仕込み続ける味噌は、単なる調味料にとどまらず、地域の文化や人と人とのつながりを象徴する存在となっております。

今日もまた、山万味噌は蔵の息づかいをそのままに、変わらぬ味と新たな価値を生み出し続けております。伝統の味噌を守り育てる営みは、これからも地域の暮らしと食卓を豊かに彩ってまいります。

大きな味噌桶と三代目の写真

三代目豊幸責任醸造ができるまでとその想い

三代目豊幸責任醸造ができるまでとその想い 三代目豊幸責任醸造ができるまでとその想い
歴史と革新の、山万味噌のこだわりを知る