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HOME»  守り続ける山万味噌の味噌造り


昭和五十一年、諏訪の地で小松家の次男として生まれ、幼少の頃から色々な人に「お味噌を買ってちょうだい」と宣伝していたことを今でも覚えています。
それから数年がたち、私がやっとの想いで高校に進学いたしましたが、勉強にも身が入らず、遊びほうけていました。
しかし、その時、元気で明るく尊敬できる母親を亡くし、ひどく落ち込んでいましたが、このままではいけないと思い猛勉強して、なんとか大学へ進学することができました。
しかし、猛勉強の反動からか、また遊びほうけたり、バイトばかりしていました。 当然、成績が悪く留年の危機におちいっていました。

その時、まさかの事態が起こりました。 一人になってしまった父が、色々と苦労が重なり、病で倒れてしまいました。
兄弟の中で、誰が実家に帰るか話し合いました。兄は一流企業に務め、姉は教職員とエリートで、私は兄弟に比べまったく取り柄がないのですが、 居酒屋で長い間アルバイトした料理経験があるので、ご飯くらいは作れるだろう、今までたくさん迷惑をかけてきたからと思い、思い切って実家に帰ることに決めました。
幸い、父は順調に回復してきたのですが、それと同時に味噌屋をどうするかという決断を迫られました。
私のその時の気持ちは正直、居酒屋業をやって生きたい夢があり、父も自分の代で閉めるつもりでした。


昭和五十一年、諏訪の地で小松家の次男として生まれ、幼少の頃から色々な人に「お味噌を買ってちょうだい」と宣伝していたことを今でも覚えています。
それから数年がたち、私がやっとの想いで高校に進学いたしましたが、勉強にも身が入らず、遊びほうけていました。
しかし、その時、元気で明るく尊敬できる母親を亡くし、ひどく落ち込んでいましたが、このままではいけないと思い猛勉強して、なんとか大学へ進学することができました。
しかし、猛勉強の反動からか、また遊びほうけたり、バイトばかりしていました。 当然、成績が悪く留年の危機におちいっていました。
 

唯一助かったのは、一代目からずっと勤務している蔵人がいてくれたことで、味噌の味だけは守っていけそうでしたが、父のやってきたことがまったくわからない状態からのスタートでした。
何をすればいいのかわからず困っている時、色々な方々が親身なってくれてさまざまな場面で助けていただき、少しでも成長することができました。
そして味噌を通してたくさんの人に出会えることができました。
あれから十年を迎えることができ、自分らしい味噌、いままでの感謝の気持ちを込めた、三代目豊幸責任醸造を造ることを決心しました。

 

まずは、美味しさの半分を決める素材探しから始まり、この信州の地で色々な農家と出会い対話し、おいしい大豆と米をいただきました。
塩を九州長崎五島列島まで行き、おいしい塩を見つけました。
そして麹づくり。五十年の蔵人とともに三日間、夜通し精魂こめて力強い麹を作り上げました。
そして、山万味噌の宝物、百年近く使い続けてきた杉樽。 そこには、仕込み続けてゆくうちに付いた蔵付酵母が住みつき、それが味噌の香りと味をよくさせ、そして山万味噌伝統の味へ変えていきます。
杉樽でじっくりと呼吸しながら熟成し、私三代目自ら味、香りを確かめ、五十年の蔵人に認められ完成させました。
私がすべて携わり、全員責任をもった味噌です。
今までの感謝の気持ちをご賞味ください。

 
山万味噌醸造元
三代目 小松 豊幸